前回の培養室便りにも記載がありましたが、今回は顕微授精(ICSI)において重要なポイントと言える手順の一つである「精子の不動化」についてご説明します。
顕微授精を施行するにあたって、私たち培養士は調整した精子の中からはやい速度で直進している正常な精子を選びます。しかし、このとき選ばれた精子は元気よく動いた状態で卵子に注入されるわけではありません。
精子を選んだら、まずはその精子の尾部をマイクロインジェクションピペットというガラス製の極細の注射針のようなもので押さえつけます。その後、精子の尾部を押さえたまま左右に転がすなどして「精子の不動化」を行います(精子不動化の模式図参照)。
不動化により精子細胞の一部を傷つけると、そこから『卵子を活性化するための物質を出す』など受精するために必要な精子と卵子の相互作用を円滑に行うための現象が引き起こされます。
顕微授精では、体内での受精や体外受精(IVF)の場合に精子が卵子と融合するまでに経験する先体反応や透明帯の貫通、精子と卵子の細胞膜融合といった過程をスルーして人工的に精子を卵子の細胞内に注入しています。そのため、顕微授精で精子を注入する時には精子を不動化することで胚発生能力をもたせています。
今回ご説明したように、顕微授精を行う上で「精子の不動化」は欠かせない手順です。しかし、不動化を行った精子は数十分後には卵子活性化因子を失い、胚発生能力も低下してしまいます。つまり、顕微授精を施行する際は不動化した後の精子を速やかに卵子の中に注入する必要があるのです。
次回の培養室だよりではこの「精子の注入」についてご説明したいと思います。
培養部 北森
前回の培養室だよりでは良好精子の選び方についてご紹介しました。今回は卵子に着目し、顕微授精を行うまでにどのような処理が行われるのかをご紹介したいと思います。
顕微授精の対象となる卵子は、培養士があらかじめ成熟卵か未成熟卵かを形態的に見分け、顕微授精の施行が可能であるかどうかを判断します。卵細胞と卵殻のあいだに染色体を含む小さな細胞(第1極体)が放出されているのが成熟卵であり、この第1極体は顕微鏡下で明瞭に確認することができます(図A)。 一方、未成熟の場合は第1極体が放出されておらず、一般的に顕微授精を行っても正常に受精する可能性は低いといわれています(図B)。 また裸化した卵子の中には、細胞が入っておらず卵殻のみの状態であったり、もとから細胞が死滅してしまっているものがあります。こうした卵子には、顕微授精を行うことができません(図C,D)。
通常、採卵手術によって採取されたばかりの卵子は卵丘細胞と呼ばれるたくさんの細胞に包まれています。成熟度を確認するためにはこれらを除去する必要があるため、採卵手術で得られた卵子はインキュベーターで2時間ほど培養した後、分解酵素であるヒアルロニダーゼが添加された培養液の中で卵丘細胞を分解・除去します。このとき培養士は分解酵素への浸漬時間を短くして卵子の受けるストレスを極力小さくするために、スポイトやピペッターを用いて素早くかつ慎重に操作を行います。こうして卵丘細胞の中にある卵子をひとつずつ取り出していく作業を裸化と呼びます。
次回の培養室だよりでは、精子を成熟卵子に注入する際に重要なポイントとなる「精子の不動化」についてご紹介したいと思います。
培養部 荒川
今回は、前回に引き続き顕微授精についてお話しさせていただきます
前回の顕微授精の概要では簡単に“運動性と形態を考慮して良好な精子を1匹だけ選び出して卵子に注入する”と書きましたが、その『良好な精子』とはいったいどのような精子なのでしょうか。
まず、精子がどのくらい元気なのかということを見ていきます。精子の動き方をいくつかに分類したものが運動性です。当院では運動性を下のような基準でA、B、C、Dとしています。
A:前進運動精子の速度が速く、直進している
B:前進運動精子の速度が遅い、あるいはジグザグ運動や円運動など直進性のない動きをしている
C:身震いなど頭部あるいは尾部の動きは認めるが、前進運動をしている精子が存在しない
D:運動している精子が存在しない
全く動いている精子がいない場合は低浸透圧膨化法(HOS-test)という方法で生存精子を判別し、生存精子がいた場合はそれを選別してICSIに用います。
次に、精子形態の観察を行います。精子はその形態によって正常形態精子と異常形態精子に大別されます。当クリニックでは、精液検査の際に提出していただいた精液中の何%が正常形態であるのかを「精子正常形態率」としてお知らせしています。
形態が正常であるかどうかを判断するために、まずは頭部を観察します。頭部の輪郭が滑らかなうちわ形で、大きな空胞や2個以上の小さな空胞を含まないものが正常な精子です。そして、尾部が2本あったり折れ曲がったり切れたりしていないか、頸部はまっすぐかどうか…などの項目を観察し、全て正常である精子を正常形態精子としています。
私たち培養士は、このような基準で元気に直進している精子の中から正常形態精子を選別してICSIを施行させていただいております。
<精子形態簡易模式図>
培養部 北森
今回の培養室だよりでは、顕微授精についてお話させていただきます。
顕微授精は、体外受精(IVF)で受精が成立しないと判断される重症男性因子例や、精液所見が悪くIVFに必要な媒精精子数が回収されない、もしくは回収される見込みがない場合に実施されます。
顕微授精にはさまざまな方法がありますが、当院で行っているのは卵細胞質精子注入法(ICSI法)と呼ばれ、顕微鏡を用いて卵子の中に直接精子を注入する方法です。この方法によって精子は、卵子と受精するために乗り越えなければいけない複雑なプロセス(卵子周囲を覆う顆粒膜細胞・卵殻の突破など)を経由せずに卵子の細胞内へ辿りつくことが可能となります。
ICSI法は生存した精子さえ得られれば安定した高受精率が得られることから、顕微授精の中でも中心的な技術として多くの施設で実施されています。しかし、運動性と形態を考慮して良好な精子を1匹だけ選び出し、直径約100μmの卵子にできる限り負担がかからないよう精子を注入するためには、培養士による高度な技術が必要とされます。
当院の培養士は患者さんの卵に一人でICSIを行えるようになるまで、医師と先輩培養士のもとでしっかりと技術指導を受けます。また、毎年県外で開催される研修会に積極的に参加し情報収集を行うことで、患者さんに安定した技術を提供できるよう努めています。
次回以降の培養室だよりでは、ICSIを行うための設備や手技についてもう少し詳しくご紹介したいと思います。
培養部 佐藤
今回は体外受精(IVF:in vitro fertilization)のお話をさせて頂きます。体外受精とは、本来からだのなかで行われる「受精」という現象を体外の人工的な環境で再現して受精卵を得ようとする方法のことを言います。この体外受精ではじめて人間が誕生したのは1978年7月25日の事です。日本での体外受精によるはじめての出産はこれより5年後の1983年でした。意外に最近のことのように感じますが、現在までの約30年間で培養液の開発も進み、培養技術も向上して体外受精でたくさんの子供たちが誕生しています。
ここでは『媒精』という手技をメインに説明を進めていきます。媒精とは、採卵によって得られた卵丘卵子複合体(卵丘細胞に覆われた状態の卵子)に調整した精子を振り掛けて培養することをいいます。
採卵日に採精された精液は精液検査後に調整し、Swim-up後に良好精子を媒精にふさわしい濃度(400万~600万 /ml)まで希釈して媒精まで精液用の培養器で培養します。
当院ではだいたい12:30から媒精作業を開始しますので、時間が来ると、Wウェルディッシュの中央部(1mlの培養液と卵丘卵子複合体が入っている)に精子調整液を放出し、そのまま受精兆候の確認作業が始まるまで3~4時間培養器で培養しています。
画像は媒精時の様子です。体外受精は、患者さんのホルモン状態や年齢などを加味しながら綿密なプランを立てて行われています。以前の培養室だよりにも書いた通り、培養室では精液検査を行って、その結果から体外受精での受精が見込めるかどうか予測しています。しかし、それはあくまで検査時の結果に基づいたものです。採卵当日にちょっとした体調の変化や精神的なストレスのために精子の状態がおもわしくない場合などには、再度採精をお願いしたり、体外受精ではなく顕微授精をご提案させていただいたりすることもあります。
培養部 北森
原精液量 | 1.5ml |
精子濃度 | 1500万/ml |
前進運動率 | 32% |
正常形態精子 | 4% |
総運動率 | 40% |
白血球 | 1mlに100万個未満 |
原精液量 | 2.0ml以上 |
精子濃度 | 2000万/ml以上 |
精子運動率 | 50%以上 |
正常形態精子 | 15%以上 |
精子生存率 | 75%以上 |
白血球 | 1mlに100万個未満で(-) |
※2013年7月より、WHO下限基準値(2010年)を精液検査の基準値として採用しております。
上の写真は実際に当院で検査に使用しているスライドグラスです。 下の写真は顕微鏡で見た精子の画像です。 |
培養部 北森
当クリニックのホームページをご覧いただきありがとうございます。突然ですが、本日からこちらの『培養室だより』を通して、日頃は皆さまのお目にかかることの少ない培養室業務の様子を紹介させていただくことになりました。初回である今回は、私たち培養士の働く培養室について簡単ですがご紹介いたします。
培養室は胚にとって最適な環境を維持するため厳密に管理されたクリーンルーム構造(塵埃を含まないきれいな空調設備のある構造)となっています。室内は徹底した温度湿度管理がなされ、照明は胚にやさしい照明が使われています。また塵埃を少しでも減らすための努力として、入室時の靴の履き替え、マスク・キャップの着用、そして手洗いを徹底して行っています。
そのように厳重な管理がなされた培養室の中には、顕微鏡や清潔作業を行うためのクリーンベンチ、患者さんからお預かりした大切な胚を培養するインキュベータなどが設置されています。(写真はクリーンベンチ内に置かれた顕微鏡と保温プレートです。)
これからも不定期更新ではありますが培養室の業務を少しずつご紹介していきます。皆さまがより安心して治療を受けられますよう、『培養室だより』がお役に立てれば幸いです。
培養部 佐藤